臨月の記録その3

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ryoo14

19日(金)以降のお話。
サボってるうちに一ヶ月も経ってしまった。かなりうろ覚えになっているけど、頑張って書こう。

1日音沙汰がない

6/19(金)、9:00頃に目を覚ますと、奥さんから「今日はいつもより1時間早く促進剤の投与開始します」と連絡が来ていた。
後から聞いた話だけど、18日に経験した陣痛は子宮口が開かなかったものの、心が折れるほどの激痛だったらしく、もうあの痛みに2日も耐えられないからこの日に終わらせたいと奥さんは思っていたらしく、人工破水なんかもお願いしていたそうだ。

促進剤投与開始の連絡と同時に、痛すぎて連絡は取れないと思うともあったので、苦痛が可能な限り緩やかでありますようにと祈りながら待つしかなった。
そして実際に、奥さんから自身からこの日連絡はなかった。

電話

同日20:00ごろ、見知らぬ番号から私の携帯に電話がかかってきた。時間も時間だし、すぐに病院からの電話だとわかったけど、事前に「病院から連絡を差し上げるのは緊急時にのみ限ります。分娩の開始終了も本人から連絡してもらいます」という話を聞いていたので、何かあったのは間違いなかった。

恐る恐る電話に出ると、若い女性の声で「奥さんの体調が悪化したので緊急で帝王切開を行うことになりました。今手術室に運ばれましたので、旦那さんはすぐに病院に来てください」と言われた。

この電話を受ける前にビールを500mlほど飲んでいたのだけど、一瞬で酔いは覚めて(とはいうもののしっかりと体には残っていて)すぐさまタクシーで病院に向かった。

対面

20:30ごろに病院に到着すると、出産が終わった後に奥さんが移される予定の個室に案内された。ベッドはもちろん空で、看護師さんが機器やシーツを整えてくれていた。
私は気が気でなかったものの、毎日の勤務で緊急帝王切開に慣れているのか、おっとりした感じの看護師さんから既に赤ちゃんは取り出し終わっていて、元気に泣いているということを教えてもらった。
この時点で帝王切開というものの流れがわかっていなかったんだけど、後で調べたところによると、帝王切開手術の開始から約10分〜15分程度で赤ちゃんの取り出しは完了するのだそうだ。そこから母体の胎盤を取り除いたり、後処置をするのだそう。
もう既に自分の子がこの世に存在しているという事実と、奥さんの容体はどうなのかわからない不安が入り混じって返事になっていない返事をした後、ひとり病室で奥さんが帰ってくるのをじっと待った。

1時間ほど経った頃に、別の看護師さんがそっと病室に入ってきて、「お子様とご対面なさいますか?」と聞いてきた。そんなすぐに会えるものだと思っていなかったので、どもりながら是非お願いしますと言った。
しばらくして透明なカゴのカートに乗せて連れてこられた我が子を見たときの気持ちを思い出そうとしているんだけど、うまく思い出せない。ただ、小さい手をうにうにと動かしながらよく眠る我が子は、何も言えないくらい可愛かった。
新生児はもっと絶え間無く泣いているものかと思っていたんだけど、そうでもないらしく、それから1時間ほど病室にいる間は寝たりうにうにと動いたりしていた。可愛い。

意識

22:00ごろになって、血糖値か何かだったと思うんだけれど、検査をするからということで助産師さんが子を連れて行ってくれた。それとほぼ同時くらいに私を病室に案内してくれた看護師さんが再び来て、病室のベッドを外に運び出し始めた。曰く、奥さんの処置が終わったので、迎えにいくということらしい。

もうすぐ会えるのか、とそわそわ待ち始めたものの、なかなかベッドは帰ってこない。何かあったのかと心配しながら待ちはじめて1時間ほどたった23:00ごろに看護師さんが戻ってきて、一旦MFICUに入ることになったのでそちらまでご案内します、と移動を促しながら教えてくれた。
この時はMFICU(母体胎児集中治療室)というのがちゃんと聞き取れなかったんだけど、ICUの部分だけ聞き取れたのと、それが集中治療室の略称というのはなんとなくしっていたから、あまり良い状態じゃないんだとかなり不安になった。
MFICUは階の移動もなく、幾つか扉を抜けたくらいで思ったよりも病室から近い場所にあった。私がMFICUの前に到着するのとほぼ同時に奥さんが寝かせられているであろうベッドが部屋の中に運ばれていった。看護師さんの「旦那さんきたよ!!」という声に続いて、しぼり出したような、それでいて呂律がまわっていない奥さんの私を呼ぶ声が聞こえてきた。
たまらなくなって中に入ると、酸素マスクをつけられ、色々な種類の点滴の管が体につながれて、麻酔の影響からか、目の焦点をあわせずらそうにしている奥さんがそこにいた。その時点では意識が朦朧としていたのか、ほぼ譫言のように「頑張ったよ」とか「赤ちゃんは?」と繰り返していた。
信じられないほど青白い顔をしている奥さんは、それでも私を認識できるくらいには意識があるらしかった。

長い夜

それからすぐに脳神経内科の先生が来て、奥さんの目の見え方の検査や頭痛の有無について問診をしてくれた。その後に手術を担当してくれた先生から状況を聞くことができた。
妊娠高血圧症候群は時々子癇発作という痙攣発作を起こすことがあるというのは事前に調べて知っていたんだけど、まさしくそれが起きてしまい、可能な限り早く胎児を外に出す必要があったために全身麻酔をかけた状態での緊急帝王切開になったとのことだった。子癇発作が起きた際は脳内出血の可能性も出て来るので、脳神経の先生がチェックをしてくれていたらしい。無事胎児を外に出すことができて、お腹も閉じることができたけれど、3L近い出血があったことと、まだ出血が止まっていないことから、輸血と止血を進めていく必要もあると説明してくれた。

入院が決まった日に輸血の同意書には本人がサインしていたんだけど、その場でもう一度私のサインを求められた。同意書にサインしてすぐに輸血が始まり、定期的に出血状況の確認が行われた。
麻酔が切れはじめたのか、次第に奥さんの意識もハッキリしてきて、かなり辛そうだったけど会話もできるようになってきた。時間間隔は完全におかしくなっていたようで、何度も何日の何時頃かというのを説明したけど、結局しっかり時間を認識できた様子はなかった。 輸血しはじめると奥さんの顔色が黄色になったり白くなったりして、物凄く不健康そうだった青白い色から変化していった。かなり落ち着いたタイミングで助産師さんが子を部屋まで連れて来てくれて、奥さんにとっての初対面になった。子と対面した時は泣かなったけど、そばに寝かせられた子にそっと触れながら静かに泣く奥さんをみて、私も泣いてしまった。

定期的に出血状態を確認していく中で、やっぱり状態がよくないらしく、止血の処置が必要ということになった。子宮口を広げるときにも使用したバルーンを中で膨らませて、圧迫止血するらしい。
案の定処置中は部屋の外に出されるんだけど、中から痛みで泣き叫ぶ奥さんの声が聞こえてきて、生きた心地がしなかった。
30分くらい経ってから先生が中から出てきて、バルーンを膨らませても抜けてしまうため、ガーゼを詰め込んで圧迫止血したと説明を受けた。そりゃお腹の中にガーゼを詰め込まれたら痛い。中に戻ると、ぐったりしながら虚ろな目で天井を見つめる奥さんの姿が痛々しかった。

しばらく部屋に一緒にいたけど、連日の陣痛に耐えつづけたために奥さんの眠気は限界を迎えていて、またコロナの影響で私も強制退館を言い渡された。
とっくに日付も変わった2:30ごろ、その日の朝に改めて出血状況を確認して、処置を検討することになった。なんとなく安定した感じの奥さんにお別れして、その日は自宅に帰った。帰宅してもいつ病院から電話がかかってくるか怖くて、結局朝になっても寝られなかった。

それから

結局、奥さんの出血は次第に収まって、正常範囲に戻った。しばらく貧血気味で輸血は続いたけれど、入院中も徐々に元気な様子で電話もできるようになっていった。
途中視界がぼやける症状がでて、脳のMRIを撮ったところ、血管が細くなっている箇所があることがわかったりもしたけど、しばらく安静に過ごしてからの2回ほどの再検査で異常なしと診断されて、ほっと一安心したことを覚えている。

2週間ほど入院している間にコロナの猛威も少し収まったと判断されたのか、面会の縛りが緩くなって、限られた時間でかつ1名であれば面会可能になった。まだまだ本調子ではない奥さんと一緒に子をあやしたり、おむつを替えたり、ミルクをあげたり、怖々ながら色々勉強できた。

無事退院したものの、奥さんの体調が快復しなくて、悪露が大量に出てしまって慌てて夜中に病院にかけこんだこともあった。その時は単に悪露が出ただけだろうと診断されたんだけど、先日の1ヶ月健診の時の子宮エコーで血流が激しい箇所があると指摘を受けた。瘤になっているかもしれなくて、破裂すると大量出血の可能性もあるけど、自然になくなる可能性もあるからまた1ヵ月後くらいに外来で来るように言われたらしい。
私も病院について行ったんだけど、診察室には入れなかったので説明を聞けなかった。できれば1ヵ月と言わずに2週間くらいで一度経過を見てほしいなと思ったんだけど、仕方無いので今は実家で安静にしている。日に日に元気になる子を見て嬉しくなる一方で、出血に怯える奥さんを見ていると悲しくなってくる。はやく何事もなく健診の日になって、先生から「特に異常はないね。もう安心だね。」と言われることを祈りつつ。